宮崎の英語専門教室

リトルスターズ英会話

英語、好き?

ずっと抱えていたもやもや、すうーっと、視界がよくなりそうな予感がしています。

一足先に雪が溶けて梅までつぼみを付けそうな、そんな感じ。

まだ12月がスタートしたばかりで、冬本番にもなってないけど。汗

 

 長年英語を教えていると、

「好きなことを仕事にできていいですね」

「英語いつから好きだったんですか?やっぱり学生時代から得意だったんでしょ?」

「英語がお好きなんですね」

と、まあ、会う人会う人、口を揃えて言う。

実は本音の質問の答えは全てきっぱりはっきり「No, no, no, NEVER! Not at all. (いいえ、ちっともまったくそうじゃありません)」

どうせ言っても自分の気持ちなんて理解してもらえないだろうと、今まで曖昧に返事をしてきた。

聞かれるたびに、私はなぜここにいてこの仕事をしているんだろう、と自分でも不思議でしょうがなかった。

お望みの返事をしてあげられなくてとても心が痛むけれど、

私が「英語」を「好き」だったことは一度もありません。

 

そのつどそのつど目の前のことに集中していたら、いつの間にか、今がある感じ。

「いまは、これをやっておこう」「次は、これをやってみよう」
自分の気持ちを大事にして、目の前にやってきた波に、とりあえず真剣に乗ってみる。
そして、いい意味で思いっきり流されて、行けるとこまで行ってみる。
次に、いい波がきたら、またそれに乗る…
もしあなたもそう行動するなら、そのうちに、心の奥で「いつかこうなったらいいな」と漠然と思っていた場所が近づいていることに気づくだろう。

いま目の前にあることをないがしろにして、一段抜かししようとしたり、手を抜いたり、油断したりすることがないように、煩悩や誘惑とたたかうこと。

 

いい波を見逃さずにキャッチする目を養い、たくさんの小さな波に乗ることが、タイミングをつかむトレーニングになり、その後の人生を大きく左右する。

この話もまた別の機会に。

 

正規留学で、大学は米国の短大に進学したのだけれど、

大学時代はレポートやプロジェクト、ホームワークの山に押し潰された。

これが日本語だったら数時間で終わるのに、と何度恨めしく思ったことか。

まあ大学時代の話はまた別の機会に。

いろいろ省略すると、特別でもなんでもないフツーだった自分が、

高校を卒業してから真剣に英語に時間とエネルギーとお金を費やし、

血へどを吐くような苦労をしてそれでも必死にしがみついてきた結果、

現在バイリンガールを維持しつつ、苦労したおかげで、

英語を教えるツボがくっきりはっきり視えるようになった、という感じです。

 

あまりに繰り返される質問に、

「いいえ、そんなことないですよ」

とやんわり否定し続け、英会話スクールに勤めていたときは特に、

夢を売る仕事だから勤務中の言動を考えるように、と第一日目に言われたこともあり、

あから様に否定できずにいた。そして、やんわり否定するとどうなるか。

日本では謙遜している、または冗談だととられるらしい。

うまく言葉に出来ず、それがまたもやもやの原因になり、葛藤、フラストレーションは積もる一方。

 

そんななか、ついこないだ、約12年ぶりに友人と語り合ってしまった。

彼女と熱心に話していたら、10代の頃のような熱いものが「再燃」したというか、彼女が新しい薪をくべてくれたというか。

英語が好きという理由で、英語を教えているわけじゃない、ということを伝え、自分なりに説明すると、彼女はとてもびっくりしていた。

めちゃくちゃ英語好きな人だと映っていたらしい。

気心の知れた友人にさえ、そう誤解されていたのだから、

きちんと言葉にして伝えるって本当に大切だなと、反省。

「察してよ、わかるでしょ?」は傲慢、怠惰なのかも。

 

 

実際に伝わる伝わらないは別として、伝える努力はしたほうがいいんじゃない?

みというフィルターを通して学ぶ英語ってすごく面白そう

考え方とかバックグラウンドとか、人間そのものに興味がある

ブログとか書いてみたら?

 

というような言葉をたくさんくれました。

彼女に感化され、心のままに更新していくことにしました。

学習法や解説のブログは山ほどあるし、どうやって取り入れていったものか、

考えがまとまらず、躊躇していたけれど、何事もやってみなければわからない。

最初から正解しようなんておこがましい。

というか、数字じゃないんだから、自分が選んだ選択を自分の正解にもっていくしかない。

ということで、駄文が続きますがどうぞよろしくお願いします。

 

気が向くままに、

きっかけをくれた彼女についての話。

彼女と初めて出会ったのは高校を卒業して上京したての4月で、彼女は当時からいつも穏やかで誰に対しても物腰が柔らかかった。ネガティブなエネルギーを決して他人にまき散らさない、こんなに年中お花が咲いている人って本当にいるんだなと衝撃を受けた。

店員さんに対してもていねいで、ニコニコ愛嬌よく接する。周りの目がある無しに関わらず、常にそんな感じなので、それが本当に彼女の性質なんだなとしばらくしてようやく納得するまで、そんなに会う人会う人に機嫌よく接していたら、そのエネルギーがいつか底をついてしまうのではと勝手に心配していた。

人間なのでもちろん見せない浮き沈みや悩みがあるのだろうが、努めてハッピー、というような、ほがらかな感じ。

 

現在、彼女は子育てをしながらときどきヨガを教えている。

彼女の雰囲気がスタジオいっぱいに広がり、澄んだやさしい声でリードする彼女のヨガは、きっと素敵だろうなと思う。

自分を控えめにして、周りを尊重する性格も、かけがえのないヨガの時間を創り出すだろう。

目に見えないものを大切にする、彼女にはぴったりの仕事だと思う。

 

記憶はもう曖昧だけれど、12年前、たまにスイッチが入ってはガガガと二人でしゃべり続け、夜更かししていた頃が懐かしい。

御縁とは本当に不思議なもので、部屋ひとつずれていたら、誕生日が1週間遅れていたら(彼女の誕生日は3月末)、違う進路を選んでいたら、すれ違って終わり、もしくは、出逢ってすらなかった。その確率を思うと、何か見えない力が私達を引き寄せてくれたんじゃないかと、感謝の気持ちでいっぱいになる。

 

自分がこうありたい、こうしたい、ということも含めて、語り合う相手がいて、気持ちがあってよかった。